量子力学の基礎概念
9.1 運動量の観測モデルの修正
前節では、1次元箱型ポテンシャルの波動関数を運動量固有関数の重ね合わせの状態とみなして、ローレンツ力によりその運動量を観測するモデルに観測過程の理論を適用してみたが、このモデルには、y方向の初期状態をy2≈0と仮定したにも関わらず、y方向の運動量を0とみなしており不確定性原理に反するという欠陥があった。そこで、本節ではこのy方向の初期状態を波束であるとして展開してみる。このようにすると、衝撃的な一様磁場を観測系に作用させると、x方向の運動量の方向の違いにより、y方向に進行する波束に差異が生じることを示すことができる。
9.2 事前準備
まず、展開を簡単にするため観測する系の波数kn=nπ/Lのnが、
kn>>L (9.1)
とみなせる大きさであるものとする。つまり、観測系はエネルギー準位が高く、x方向の運動量も大きい状態ということになる。こうすることにより、前節の式(8.17)で用いた ξ=L/2−iL/2kn μ=L2/3−iL/2kn−1/2kn2 のξ及びμのいずれも実数とみなすことが可能となる。(ξ≈L/2 μ≈L2/3−1/2kn2 )
これにより、式(8.20)と式(8.21)は、
ψA+(y ,
t)=exp(-itβμ/ћ)exp{(-it/ћ)(−αykn−iαξ∂/∂y)}ψA(y
, 0) (9.2)
ψA-(y
,
t)=exp(-itβμ/ћ)exp{(-it/ћ)(αykn+iαξ∂/∂y)}ψA(y ,
0) (9.3)
となる。そして、t≈0(衝撃的相互作用)であるからt一次のオーダーで近似すると、それぞれ、
ψA+ (y , t)=C{1 +
(it/ћ)(αykn +
iαξ∂/∂y)}ψA(y ,
0)
(9.4)
ψA−(y ,
t)=C{1−(it/ћ)(αykn
+ iαξ∂/∂y)}ψA(y ,
0)
(9.5)
となり、これが本節における出発点となる。なお、C=exp(-itβμ/ћ)とした。
続いて、初期状態として用いる波束を、
ψA(y , 0)=∫dkφ(k)exp(iky) (9.6)
とする。なお、言うまでもなく積分範囲は−∞〜+∞である。
9.3 数式の展開
まず、式(9.6)を式(9.4)に代入すると、
ψA+ (y ,
t)=C∫dkφ(k){1 +
(it/ћ)(αykn −
αξk)}exp(iky)
≈ C∫dkφ(k)exp{(it/ћ)(αykn −
αξk)+iky} (9.7)
(t一次のオーダーで、1 +
(it/ћ)(αykn −
αξk) ≈
exp{(it/ћ)(αykn −
αξk)})
となる。これが、衝撃的相互作用が消失した直後にexp(iknx)と相関する状態であるが、これ以降の系のハミルトニアンは自由ハミルトニアンH0=−ћ2∇2/2m により時間発展する。この発展の様子を調べるために、式(9.7)にH0を作用させると、
H0ψA+ (y , t)=C∫dkћ2(k+αknt/ћ)2/2m ・φ(k)exp{(it/ћ)(αykn − αξk)+iky}
H0n'ψA+ (y , t)=C∫dkћ2n'(k+αknt/ћ)2n'/(2m)2n' ・φ(k)exp{(it/ћ)(αykn − αξk)+iky}
exp(−itH0/ћ)ψA+ (y
, t)=Σ(−it/ћ)n'/n'!・H0n'ψA+ (y
, t)
=C∫dkΣ{−itћ(k+αknt/ћ)2/2m}n'/n'!・φ(k)exp{(it/ћ)(αykn −
αξk)+iky}
=C∫dkφ(k)exp{(it/ћ)(αykn −
αξk)+iky−itћ(k+αknt/ћ)2/2m}
であるため、それ以降の波動関数ψA+ (y , t)は、
ψA+ (y , t)=C∫dkφ(k)exp{(it/ћ)(αykn − αξk)+iky−itћ(k+αknt/ћ)2/2m} (9.8)
となる。式(9.8)より、波束の中心(位相が極値をとるy)を求めるためexpの中をkで偏微分すると、
iy − (it/ћ)αξ−itћ(k+αknt/ћ)/m
であり、kのある項を除き0と置くと
iy − (it/ћ)αξ−itαknt/m=0
y= tαξ/ћ + tαknt/m (9.9)
となる。従って、ψA+ (y , t)は確かにy正方向に進行しており、その速度及び運動量は、
vy+= αknt/m (9.10)
py+= αknt (9.11)
であり、前節と同じ結果であることがわかる。
同様にして、ψA- (y , t)についても求めると、y負方向に進行しており、その速度及び運動量は、
vy-= −αknt/m (9.10)
py-= −αknt (9.11)
であり、やはり前節と同じ結果である。
9.4 観測可能性について
本節では、前節のように不確定性原理に反するような仮定は用いず、ψA(y , 0)の初期状態を波束として計算してみたが、結局は同様な結論が得られた。しかし、実験によってx方向の運動の向きが観測可能であるためには、磁場から得る運動量、δp=±αkntが、初期状態の運動量のばらつきp0よりも十分に大きいことが必要である。前節でも説明したとおり、初期状態の運動量が磁場から得る運動量より大きい場合には、x方向の運動の向きと無関係にy方向の運動の向きが定まってしまうためである。従って、
αknt=eBћknt/2m >> p0
つまり、 Bt >> 2mp0/eћkn (9.12)
という条件が要求される。
また、波束はそれ自体時間とともに広がるものであるから、各波束の進行速さが波束の広がる速さより遅いのでは、正確な観測はできなくなる。概ね波束の広がる速さは、p0/mであるため、
αknt/m>>p0/m
つまり、 αknt>>p0
であるが、式(9.12)の条件と同じである。
従って、式(9.12)の条件を満たすような観測が、この運動量の観測モデルで正確な観測となる。
次節では、ガウス波束を用いて波動関数の様子をシュミレーションしてみる予定であるが、その際にこのような観測がどの程度可能なのか検証してみたいと思う。
アマチュアリズムの量子力学