量子力学の基礎概念
8.1 運動量の観測モデル
ここでは、観測過程の理論を具体的なモデルに適用してみる。よく知られている実例はシュテルン・ゲルラッハの実験であるが、これについては後述することとし、ここでは私がオリジナルに考案した、箱型ポテンシャルの波動関数を用いた簡単なモデルに適用してみることとする。なお、後述するようにこのモデルには欠陥があるが、観測過程の理論が具体的なモデルに適用される様子を理解することはできる。
まず、0<x<Lにおける1次元箱型ポテンシャルの波動関数ψS(x)は、規格化因子を除いて、
ψS(x)=sin(nπx/L)=sin(knx)=(exp(iknx)−exp(-iknx))/2i
(8.1)
(kn=nπ/L とした。)
である。式(8.1)の最右辺を見てみると、規格化因子を除いて、exp(iknx)と−exp(-iknx)という2つの運動量固有関数の重ね合わせの状態であり、固有値がそれぞれћknと-ћknであることがわかる。つまり、1次元箱型ポテンシャルの波動関数ψS(x)は、運動量ћknと-ћknの重ね合わせの状態であると見ることもできる。
さて、ここで系の対象を電子であるすれば、x方向と垂直なz方向から短い時間だけ磁場をかけると、ローレンツ力によりy方向に運動量を有する状態が生じることが予想される。さらに、運動量のy成分は運動量のx成分の方向によって正負のいずれかの方向となるかが決まるから、xz平面と平行かつy軸上の正と負の位置に2枚の感光板を設置すれば、古典的な対象である感光板との相互作用により波束の収縮が生じて、どちらの感光板が発光するかにより、ψS(x)の運動量の方向が観測できるように思われる。
これをシュレディンガー方程式で表したいのだが、まずは古典的なラグラジアンから求めてみる。磁場がある際のラグラジアンLは、Aをベクトルポテンシャル、-eを電子電荷、をm電子質量とすれば、
L = mṙ 2 /2 −eṙ ・A (8.2)
である。ここから共役運動量p =∂L/∂ṙ を求めると、
p = mṙ −eA (8.3)
となるから、ハミルトニアンHは、
H =
p・ṙ−L =
p・(p + eA )/m−(p
+ eA
)2
/2m +
e(p + eA )
・A/m
=
(2p2 +
2ep・A−
p2−2ep・A−e2A2
+ 2ep・A +
2e2A2
)/2m
=
(p2
+2ep・A +
2e2A2)/2m
=
(p +
eA)2/2m
(8.4)
のようになる。量子力学的なハミルトニアンを求めるには、p⇒−ћ∇という変換をすればよく、
H =
(−iћ∇+
eA)2/2m=(−ћ2∇2−i
eћ∇・A−i
eћA・∇−i
eћA・∇+
e2A2)/2m
=(−ћ2∇2−i
eћ∇・A−2i
eћA・∇+
e2A2)/2m
となる。さらに、クーロンゲージをとり∇・A=0とすれば、
H =(−ћ2∇2−2i eћA・∇+ e2A2)/2m (8.5)
である。ここで、クーロンゲージ∇・A=0を考慮して、ベクトルポテンシャルを具体的に定めると、磁場はz方向にのみで一様な大きさBであるとすれば、B=∇×Aであることより、
A=(-By/2 , Bx/2 , 0) (8.6)
となる。従って、ハミルトニアンは、
H ={−ћ2∇2 + i eћB(y∂/∂x−x∂/∂y)+ e2B2(x2+y2)/4}/2m (8.7)
となる。
式(8.7)の第一項は明らかに自由粒子のハミルトニアンであるから、前節の式(7.4)から相互作用の間は無視することができ、さらに相互作用の直前でy2≈0とすれば、相互作用ハミルトニアンHIは、
HI ={ i eћB(y∂/∂x−x∂/∂y)+ e2B2x2/4}/2m (8.8)
となる。
さて、ここで前節の内容と対比させると、観測の対象となるオブザーバブルはPxで、式(7.6)の固有値mはћknまたは-ћkn 、固有関数vm(x)はexp(iknx)または−exp(-iknx)であり、
Pxexp(iknx)=ћknexp(iknx)
(8.9)
Pxexp(-iknx)=-ћknexp(-iknx)
(8.10)
となる。また、式(7.7)のHI(M,y)はxが変数として加わるが、HI(Px,y)として表すと、
HI(Px ,y ,x)={ − eByPx− i eћBx∂/∂y+ e2B2x2/4}/2m (8.11)
となる。さらに、式(7.8)はCm=1とすることができ(運動量が負の固有関数を−exp(-iknx)としたため)、
ψS(x)=exp(iknx)−exp(-iknx) (8.12)
である。(規格化因子を省いた)
ここで、量子系Aの波動関数をψA=ψA(y ,t)とすれば、式(7.9)と同様に結合系の波動関数ψ(x, y, t)は
ψ(x ,y ,t)=ψAψS=ψA(y,t){exp(iknx)−exp(-iknx)} (8.13)
となり、シュレディンガー方程式は、
iћ{exp(iknx)−exp(-iknx)}(∂ψA(y
, t)/∂t)=HI(Px ,
y ,
x){exp(iknx)−exp(-iknx)}ψA(y
, t)
={
−
eByPx− i eћBx∂/∂y+
e2B2x2/4}{exp(iknx)−exp(-iknx)}ψA(y
, t)/2m
=−
eByћkn{exp(iknx)+exp(-iknx)}ψA(y
, t)/2m+{exp(iknx)−exp(-iknx)}{
− i
eћBx∂ψA(y , t)/∂y+
e2B2x2ψA(y
, t)/4}/2m
(8.14)
となる。
8.2 シュレディンガー方程式の解析
ここで、式(8.14)の解を求めたいが、記述を簡単にするため、
α=eBћ/2m β=e2B2/8m (8.15)
と置くと、式(8.14)は、
iћ{exp(iknx)−exp(-iknx)}(∂ψA/∂t)=−αykn{exp(iknx)+exp(-iknx)}ψA+{exp(iknx)−exp(-iknx)}{−iαx∂ψA/∂y+
βx2ψA}
(8.16)
となる。ここで、exp(-iknx)/Lの積をとり0<x<Lの範囲で積分すると、
∫exp(-iknx)exp(iknx)/L dx=1 ∫exp(-iknx)exp(-iknx)/L dx=0
∫xexp(-iknx)exp(iknx)/L dx=L/2 ∫xexp(-iknx)exp(-iknx)/L dx=iL/2kn
∫x2exp(-iknx)exp(iknx)/L dx=L2/3 ∫x2exp(-iknx)exp(-iknx)/L dx=iL/2kn+1/2kn2
を用いることにより、
iћ∂ψA+/∂t=−αyknψA+−iαξ∂ψA+/∂y+βμψA+ (8.17)
(ξ=L/2−iL/2kn μ=L2/3−iL/2kn−1/2kn2 )
となる。(この場合のψAをψA+とした。)
同様にして、−exp(iknx)/Lの積をとり0<x<Lの範囲で積分すると
iћ∂ψA-/∂t=αyknψA-+iαξ*∂ψA-/∂y+βμ*ψA- (8.18)
となる。(この場合のψAをψA-とした。)
ここで、式(8.17)の複素共役をとると、
iћ∂ψ*A+/∂t=αyknψ*A++iαξ*∂ψ*A+/∂y+βμ*ψ*A+ (8.19)
となり、ψ*A+=ψA- ψ*A-=ψA+であることがわかる。
式(8.17)と式(8.18)は、形式的に解を表すことができ、t=0で相互作用が磁場( 0, 0, B )が発生したとするとt=tでは、
ψA+(y ,
t)=exp(-itβμ/ћ)exp{(-it/ћ)(−αykn−iαξ∂/∂y)}ψA(y
, 0) (8.20)
ψA-(y
,
t)=exp(-itβμ*/ћ)exp{(-it/ћ)(αykn+iαξ*∂/∂y)}ψA(y , 0)
(8.21)
となる。
ここで、t≈0なので式(8.19)をt1次のオーダーで近似すると、
ψA+(y , t)≈exp(-itβμ/ћ){1+it/ћ(αykn+iαξ∂/∂y)}ψA(y , 0) (8.22)
である。初期状態でy方向の運動量を0とすれば、∂ψA(y , 0)/∂y=0であるから、
ψA+(y , t)≈exp(-itβμ/ћ)(1+itαykn/ћ)ψA(y , 0) (8.23)
となり、(1+itαykn/ћ)≈exp(itαykn/ћ)として運動量固有値を求めると、
-iћ{∂ψA+(y , t)/∂y}/ψA+(y , t)=tαkn=teBћkn/2m (8.24)
である。同様にして、ψA-(y , t)について求めると、
-iћ{∂ψA-(y , t)/∂y}/ψA-(y , t)=−tαkn=−teBћkn/2m (8.25)
となり、それぞれの運動量の方向が古典的なローレンツ力と一致することがわかる。
一方、波動関数は、(1+itαykn/ћ)≈exp(itαykn/ћ) 、(1−itαykn/ћ)≈exp(-itαykn/ћ) という近似を用いると、
ψA+(y , t)≈exp(-itβμ/ћ)exp(itαykn/ћ)ψA(y
,
0)
(8.26)
ψA-(y ,
t)≈exp(-itβμ/ћ)exp(-itαykn/ћ)ψA(y
,
0)
(8.27)
であるが、初期状態でy方向の運動量を0とすれば、∂ψA(y ,
0)/∂y=0であるから、磁場が無い場合のハミルトニアン
H'0 =−ћ2∂2/∂y2/2mを作用させると、
H'0 ψA+(y , t)=
(tαkn)2ћ/2m
ψA+(y ,
t) (8.28)
H'0 ψA-(y , t)=
(tαkn)2ћ/2m
ψA-(y ,
t)
(8.29)
となり、いずれも
H'0 の固有関数である。従って、t=tで磁場が消失してもその後ψA+(y ,
t) ψA-(y ,
t)は、時間による項
(exp(-i(t−t)(tαkn)2/2m))を除きそれぞれ式(8.26)式(8.27)の波動関数が保持される。(つまり、定常状態である)
一方、結合系の波動関数はt=tにおいて、
ψ(x ,y ,t)=exp(iknx)ψA+(y , t)−exp(-iknx)ψA-(y , t) (8.30)
であり、前節の式(7.13)や式(7.14)に相当するが、これにH0=−ћ2∇2 /2mを作用させると、
H0ψ(x ,y ,t)= {ћ2kn+(tαkn)2ћ} /2m ψ(x ,y ,t) (8.31)
となり、H0の固有関数である。従って、t=tで磁場が消失後もψ(x ,y ,t)は、時間による項(exp(-i(t−t){ћkn+(tαkn)2/2m))を除き、式(8.30)の波動関数が保持される。(つまり、定常状態である)
さて、式(8.30)の波動関数ψ(x ,y ,t)は、ψS(x)の重ね合わせの状態を保持したまま定常状態として時間発展するため、このままでは運動量の方向を観測することはできず、観測するためには波束の収縮を起こす必要がある。前節の議論により、波束の収縮を起こすには古典的な系との相互作用が必要であったが、ここで古典的な系として用いられるのが、xz平面と平行かつy軸上の正と負の位置に置かれる2枚の感光板である。つまり、どちらの感光板に発光点が表れるか(電子が粒子性の痕跡を残すか)によってψA+(y , t)かψA-(y , t)のいずれかが定まり、式(8.30)の多重的な構造にから
ψ(x ,y ,t) ⇒ exp(iknx)ψA+(y , t)
ψ(x ,y ,t) ⇒ −exp(-iknx)ψA-(y , t)
のどちらかの収縮が生じ、ψS(x)における運動量の方向を観測できるのである。
8.3 モデルの欠陥
一応、具体的なモデルに前節の観測過程の理論を適用できているように見えるが、この運動量の方向を観測するモデルには、欠陥がある。ψA(y , 0) に対して、最初にy2≈0と仮定したにも関わらず、y方向の運動量を0とみなしているが、これは運動量と位置の両方を確定することになり、不確定性原理からこのような状態は存在しない。y2≈0とすれば、必然的に初期状態でψA(y , 0)は運動量を有することになり、これを仮にћk0(k0は正負いずれも取り得る)とすれば、式(8.24)の運動量は大まかにいって、ћk0+teBћkn/2mとなる。k0は正負いずれも取り得るのであるから、k0<0で |k0| >teBћkn/2mである場合にはy方向の運動量は負となり、y軸の負の位置にある感光板に発行点が生じることになり、ψS(x)の運動量の方向は正しく観測されない。これと同じことは。式(8.25)にも言える。
8.4 運動量の大きさ
式(8.24)式(8.25)により運動量の大きさも示されているが、これが古典的な理論値と一致するかを確認してみる。
まず、式(8.3)を時間により微分すると、
dp/dt =mdṙ/dt −edA/dt =mdṙ/dt −e{∂A/∂t+(∂A/∂x)vx+(∂A/∂y)vy+(∂A/∂z)vz}
となる。これに式(8.6)のAを代入すると、
dp/dt =mdṙ/dt −e{(B/2)vxey− (B/2)vyex}
となるが、ここでy方向のみを取り出すと、
dpy/dt =md2y/dt2 −e(B/2)vx
となる。ローレンツ力が働いているのだから運動方程式は、md2y/dt2 =evxBとなるため、これを代入すると、
dpy/dt =evxB −e(B/2)vx=eBvx/2=±eBћkn/2m
となる。(最後の項は、vx=±ћkn/m)これにより、微小な時間t=tでは、
py=±eBћknt/2m
となり、式(8.24)式(8.25)と一致することがわかる。(なお、pyは共役運動量であるからpy≠mvyであることに注意)
アマチュアリズムの量子力学