量子力学の基礎概念
位置演算子と運動量演算子が与えられると、位置と運動量の標準偏差の積の下限として不確定性原理を形式的に導くことができる。まず、その前提として、期待値と分散の定義を与える。
重ね合わせの状態Ψ=Σcn|an>において、オブザーバブルAを観測するものとする。なお、|an>はAの固有状態であるとする。第1章で与えた定義4(「重ね合わせの状態Ψ=Σcn|an>でオブザーバブルAの理想的な観測を行うと、cmcm*の確率で観測値amが得られる。」)より、オブザーバブルAについて理想的な観測を行うとその期待値E[A]は、
E[A]=Σancncn*=Σcn*Acn|an>=ΣΣ<am| cm* Acn|an>=(Ψ,AΨ) (5.1)
となる。
続いて、分散V[A]=E[A2]−E[A]2であるが、まずA'Ψ=AΨ−E[A]Ψという量を考えてみる。なお、当然のことながらE[A]は実数である。A'Ψの絶対値を求めてみると、
|A'Ψ|2=(A'Ψ ,A'Ψ)=(AΨ−E[A]Ψ ,AΨ−E[A]Ψ)
=(AΨ ,AΨ)−E[A](AΨ ,Ψ)−E[A](Ψ ,AΨ)+E[A]2(Ψ ,Ψ)
=(ΣAcn|an> ,ΣAcm|am>)−E[A]2−E[A]2+E[A]2 (Aが自己共役演算子のため、(AΨ ,Ψ)=(Ψ ,AΨ))
=(Σancn|an> ,Σamcm|am>)−E[A]2
=ΣΣan*cn*amcm<an|am> −E[A]2
=Σan2cn*cn−E[A]2
(anは実数のため、an =an*である。また、<an|am>=δn,m )
=E[A2]−E[A]2 (5.2)
となることがわかる。よって、
V[A]=|A'Ψ|2=E[A2]−E[A]2 (5.3)
である。なお、Ψの固有状態であれば、 V[A]=0となり、確定的な値が得られることなる。これは、定義3(あるオブザーバブルAの固有状態|an>でAを観測する理想的な観測を行うと、観測値としてanが得られる。)と一致する内容を示すものである。
さて、ここでもう一つのオブザーバブルBとシュヴァルツの不等式
|(ψ ,φ)|≦ ||ψ|| ||φ|| (5.4)
を用いると、
||AΨ|| ||BΨ|| ≧|(AΨ ,BΨ)|≧|Im(AΨ ,BΨ)| (5.5)
となることがわかる。そして、
Im(AΨ ,BΨ)={(AΨ ,BΨ)−(AΨ ,BΨ)*}/2i
={(AΨ ,BΨ)−(BΨ ,AΨ)}/2i
={(Ψ ,ABΨ)−(Ψ ,BAΨ)}/2i (AとBは自己共役演算子である。)
={(Ψ ,[A
,B]Ψ)}/2i ([A ,B]=AB−BA) (5.6)
である。これを、(5.5)に代入すると、
||AΨ|| ||BΨ|| ≧|Im(AΨ ,BΨ)|=|Im({(Ψ ,[A ,B]Ψ)})|/2 (5.7)
となる。また、A'=A−E[A]、B'=B−E[B]は、
[A'
,B']=(A−E[A])(B−E[B])−(B−E[B])(A−E[A])
=AB−AE[B]−BE[A]+E[A]E[B]−BA+BE[A]+AE[B]−E[B]E[A]
=AB−BA=[A ,B]
(5.8)
であるから、
||A'Ψ|| ||B'Ψ|| =(V[A])1/2(V[B])1/2≧|Im(A'Ψ ,B'Ψ)|
=|Im({(Ψ ,[A' ,B']Ψ)}|/2 =|Im({(Ψ ,[A ,B]Ψ)})|/2 (5.9)
となる。AとBの交換関係を、[A ,B]=cとし、それぞれの標準偏差を(V[A])1/2=ΔA,(V[B])1/2=ΔBと表せば、
ΔAΔB≧|Im({(Ψ ,[A ,B]Ψ)})|/2 = |c| /2 (5.10)
であることがわかる。
そして、位置Xと運動量Pの交換関係は、[X ,P]=i(原子単位系なので、ћ=1)であることから、
ΔXΔP≧|Im({(Ψ ,[X ,P]Ψ)})|/2 = 1/2 (5.11)
という、不確定性原理の関係が導かれる。
これにより、不確定性原理が測定技術の問題ではなく、量子力学のフォーマリズムに必然的に含まれる原理であることが理解できるかと思う。
ところで、
不確定性原理の導出過程で、期待値や標準偏差という統計的な概念を用いた。一般的に統計というのは、何らかの集団の傾向を扱うものであるが、ここで扱った集団は粒子の集団ではなく、固有状態の集団を扱っている。つまり、固有状態の重ね合わせの状態から、観測により1つの固有状態に収縮する期待値やその標準偏差を扱っているのである。
アマチュアリズムの量子力学