ボーム力学

1.7 非定常状態1


1.7.1 非定常状態とは?

 1.4節で非定常状態の例としてガウス波束を扱い、その応用として1.5節及び1.6節でその応用として二重スリットのシミュレーションを行ったが、本節では一般的な非定常状態について考察する。

 一般的に非定常状態Ψ(r,t)は、ある時間を陽に含まないハミルトニアン()の固有関数(φn(r))よって、

            Ψ(r,t)=Σanφnexp(-iEnt)                 (1.60)

と表される。ここで、Σはnrついて和であり、anは任意の複素数である。また、φnEnφnが成り立つ。なお、Hが時間を陽に含む場合にはanは時間依存を示し、摂動論の出発点となる。

さて、この非定常状態Ψ(r,t)を、式(1.1)Ψ(r,t)Rexp(iS)に当てはめて、anAnexp(n)(Anθnは実数)とすれば、   

BORM17IM1.PNG - 5,383BYTES   (1.61)

         BORM17IM2.PNG - 12,341BYTES                               (1.62)

となる。また、確率分布P(r,t)は、P(r,t)=R2より、

              BORM17IM3.PNG - 5,321BYTES    (1.63)

である。式(1.60)〜式(1.63)により、考察を進めていくが、ここで扱っているのはエネルギーの非定常状態である。

 

1.7.2 非定常状態のエネルギー

 式(1.61)より、非定常状態では波動関数の振幅Rは時間の関数となることがわかる。そして、式(1.6) (1/2m)(2RR) によりRから求められる量子ポテンシャルも、同様に時間の関数となる。このことは粒子のエネルギー-∂S/∂tが時間によって変化し、保存されないことを意味しており、式(1.62)を時間により偏微分し、直接-∂S/∂tを求めてみても明らかであろう。
 しかし、非定常状態でもエネルギーの平均値は保存されることが、次のようにわかる。

 まず、P(r,t)=R2から、

    BORM17IM4.PNG - 4,908BYTES  (このことは、(1.63)を積分してもわかる ΣAn2=1)

となる。そして、式(1.8) ∂R2∂t (R2Sm)=0 から、

    BORM17IM5.PNG - 13,720BYTES

よって、

       BORM17IM6.PNG - 7,624BYTES            (1.64)

が成り立つ。

この式(1.64)を計算に用いると、式(1.7) ∂S∂t +(S)2/2m=0 により、

BORM17IM7.PNG - 12,663BYTES  (1.65)

となることが簡単にわかる。

 式(1.65)の最後は、標準解釈でのハミルトニアンの平均値と全く同じ表現になり、エネルギーの平均値がシュレディンガー方程式によって保存されることを示している。さらに、不確定性原理が無視される古典極限では、エネルギーが保存されることもこれにより示すことができる。

1.7.3 波動関数が実数の場合

 まず、波動関数が実数φnφn*の場合について考察してみる。これは、箱に閉じ込められた自由粒子や調和振動子の固有状態の重ね合わせに相当する。なお、本質的な差異が無いため、以下の議論は一次元で行う。

まず、(1.62)を時間で偏微分しエネルギーを求めてみると、

BORM17IM8.PNG - 19,065BYTES(1.66)

となる。ちなみに、分母はR2に等しい。

式(1.66)より、エネルギーは平均エネルギーΣAn2φn2Enの周りで振動することがわかる。

さて、1.3節で考察したように実数関数の定常状態では、S=0が成り立つため、式(1.7) ∂S∂t +(S)2/2m=0より、

   En=−∂S∂t Vn   (n(1/2m)(2φn φn) )                         (1.67)

が成り立つ。これを、(1.66)に代入すると、

BORM17IM9.PNG - 17,926BYTES      (1.68)

となる。

 続いて、PSにより運動量を求めるため、式(1.62)を偏微分しすると、

BORM17IM10.PNG - 10,726BYTES(1.69)

となることがわかる。なお、分母はR2に等しい。

この式(1.69)は、非定常状態では粒子が運動量を有すること、つまり運動することを意味している。これは、直観的な予想と一致する結論である。

 式(1.69)を自乗し1/2mを乗じると、運動エネルギーTが得られるが、式(1.68)の第1項をこの運動エネルギーTで引けば、量子ポテンシャルが求まるはずである。しかし、式(1.69)の自乗の計算というのは非常に煩雑なものとなることが予想される。一方で、量子ポテンシャルを直接計算する場合も、式(1.61)からの計算もかなり煩雑になるものと思われる。そこで、次の式(1.70)〜式(1.73)のようにΨ(r,t)を表記することで、量子ポテンシャルの計算を試みることとする。

                   Ψ(r,t)=ΨREIM                                   (1.70)
                                        ΨRE=ΣAnφncos(-iEntθn)                (1.71)
                        
ΨIM=ΣAnφnsin(-iEntθn)                (1.72)
                        
R=(ΨRE2ΨIM2)1/2                     (1.73)

まず、式(1.73)をxで偏微分すると、

           Rx=(ΨRExΨREΨIMxΨIM)/R                             (1.74)

となる。式(1.74)の分子の偏微分を計算すると、

   {ΨRExΨREΨIMxΨIM}/x={2ΨREx2ΨRE2ΨTMx2ΨIM+(ΨREx)2+(ΨIMx)2}    (1.75)

である。これを、g(x,t)とおくことにすると、

   2Rx2={gR(ΨRExΨREΨIMxΨIM)(Rx)}/R2
                                        
 ={gR(ΨRExΨREΨIMxΨIM)2R}/R2
                ={gR2(ΨRExΨREΨTMxΨIM)2}/R3
                 
={g(ΨRE2ΨIM2)(ΨRExΨREΨIMxΨIM)2}/R3     (1.76)

となる。ここで、g(式(1.75))の第1項と第2項は、式(1.76)の分子の計算で消去されることはないから、
k=2ΨREx2ΨRE2ΨTMx2ΨIM
とおくと、

  2Rx2の分子={k+(ΨREx)2+(ΨIMx)2}(ΨRE2ΨIM2)(ΨRExΨREΨIMxΨIM)2
    
=k(ΨRE2ΨIM2)+(ΨREx)2ΨRE2(ΨIMx)2ΨRE2+(ΨREx)2ΨIM2(ΨIMx)2ΨIM2
         −
(ΨREx)2ΨRE
2(ΨIMx)2ΨIM22(ΨREx)(ΨIMx)ΨREΨIM
           =k(ΨRE2ΨIM2)+(ΨIMx)2ΨRE2+(ΨREx)2ΨIM22(ΨREx)(ΨIMx)ΨREΨIM
                 
=k(ΨRE2ΨIM2)+(ΨIMx)ΨRE{(ΨIMx)ΨRE(ΨREx)ΨIM}+(ΨREx)ΨIM{(ΨREx)ΨIM(ΨIMx)ΨRE}
           =k(ΨRE2ΨIM2)+{(ΨREx)ΨIM(ΨIMx)ΨRE}{(ΨREx)ΨIM(ΨIMx)ΨRE}
     =(2ΨREx2ΨRE2ΨTMx2ΨIM)(ΨRE2ΨIM2)+{(ΨREx)ΨIM(ΨIMx)ΨRE}2
       
=(2ΨREx2ΨRE2ΨTMx2ΨIM)R2+{(ΨREx)ΨIM(ΨIMx)ΨRE}2             (1.77)

となる。式(1.6) (1/2m)(2RR)より、

   (1/2m)[(2ΨREx2ΨRE2ΨTMx2ΨIM)/R2+{(ΨREx)ΨIM(ΨIMx)ΨRE}2R4]  (1.78)

と量子ポテンシャルが求まる。式(1.71)式(1.72)(1.73)を式(1.78)を代入すると、

                EV(1/2m)P2=(式1.68)の第1項(1/2m)×(式1.69)×(式1.69)          (1.79)

となることがわかる。これは、式(1.7) E=−∂S∂t (S)2/2mVが成り立つことを意味している。

  上記の内容を要約すると、

              波動関数が実数の固有関数による非定常状態

@ エネルギーは、時間に依存し変化する。

A S≠0より、粒子は運動している。

B  エネルギーは、粒子のある位置の量子ポテンシャルと古典的なポテンシャルと粒子の運動エネルギーである。

C @の時間に依存するエネルギーの変化は、運動する粒子のエネルギーの変化により生じる。

 

ということになる。なお、ここで扱っているのはポテンシャルが時間的に変化しない場合で遷移過程ではない。従って、エネルギーが変化するとはいっても、時間とエネルギーの不確定性の関係によるものであり、実際にエネルギーが吸収・放出されているという状況とは異なる。また、エネルギーを観測して、式(1.66)のエネルギーが観測されることも意味してはいない。実際の観測については、観測の理論に基づいて考察される必要がある。

 さて、@については、標準解釈と一致する事柄であるが、A〜Cについては概念的な粒子の存在を仮定することによって生じる結論である。そもそも、通常の量子力学の教科書では、非定常状態のエネルギーが時間的に変化することは示されても、これが位置によって異なるといった取扱いがなされることはほとんどない。標準解釈では粒子の存在を否定しているので、これを示してもあまり意味の無いことだからであろう。

 しかし、存在論的解釈では、量子ポテンシャルと古典的なポテンシャルの和が一様ではないこと(勾配があること)により粒子の運動が生じるため、エネルギーが空間依存するということは大きな意味を持つ。そして、実際に式(1.66)のエネルギーが観測されることは無くても、非定常状態でも確定的なエネルギー(粒子のエネルギー)が存在するということを、概念上は言えるのである。

 次節では、固有関数が複素数になる場合について扱うこととする。また、エネルギーの変化等を数値計算により求めることも行う予定である。

 

 

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