ボーム力学
1.8 非定常状態2
1.8.1 波動関数が複素数の場合
本節では、まず、波動関数が複素数の非定常状態について、実数の場合と同様に式の展開を進めていく。
一般的に非定常状態Ψ(r,t)は、ある時間を陽に含まないハミルトニアン(H)の固有関数(φn(r))よって、
Ψ(r,t)=Σanφnexp(-iEnt) (1.60) 再掲載
と表される。ここで、Σはnrついて和であり、anは任意の複素数である。また、Hφn=Enφnが成り立つ。なお、Hが時間を陽に含む場合にはanは時間依存を示し、摂動論の出発点となる。
さて、この非定常状態Ψ(r,t)を、式(1.1)Ψ(r,t)=Rexp(iS)に当てはめて、an=Anexp(iθn)(Anとθnは実数)とすれば、
(1.61)再掲載
(1.62)再掲載
となる。また、確率分布P(r,t)は、P(r,t)=R2より、
(1.63)再掲載
である。
式(1.60)〜式(1.63)は、前節の内容を再掲載したものであるが、もう少し見通しの良いものにするため、各固有関数を次のように置き換えることとする。なお、本質的な違いが無いため、前節同様に式の展開は一次元で行うこととする。
前節と同様に、式(1.60)でan=Anexp(iθn)とすれば、
anφn(x)exp(-iEnt)=Anexp(-iEnt+iθn)φn(x) (1.80)
ここで各固有関数を、φn(x)=Rnexp(iS'n)とし、式(1.80)に代入すると、
anφn(x)exp(-iEnt)=AnRnexp(-iEnt+iθn+iS'n) (1.81)
となる。なお、ここでRnとS'nは、いずれも実数でxの関数である。
さらに、θn+S'n=Sn(x)とすると、式(1.81)は、
anφn(x)exp(-iEnt)=AnRnexp(-iEnt+iSn) (1.82)
となり、式(1.60)は、
Ψ(r,t)=ΣAnRnexp(-iEnt+iSn) (1.83)
と表すことができる。
この式(1.83)を用いることで、
(1.84)
(1.85)
(1.86)
これらから、前節と同様にしてエネルギーと運動量を求める。
まず、エネルギーは、式(1.89)のようになる。
(1.87)
なお、ここでは、式(1.7) ∂S/∂t +(∇S)2/2m+V+Q =0より、
En=−∂S/∂t =V+Qn+(∇Sn)2/2m=V−(1/2m)(d2Rn /dx2)/Rn+(dSn/dx)2/2m (1.88)
である。
また、H=−(∇)2/2m+V であり、 Hφn(x)=HRnexp(iS'n)=EnRnexp(iS'n) が成り立つことから、
En=HRnexp(iS'n)/Rnexp(iS'n)=−(1/2m)[(d2Rn /dx2)/Rn+(dSn/dx)2+i{2(dRn /dx)(dSn/dx)/Rn+d2Sn /dx2}]+V
となる。なお、θn+S'n=Snでθnは定数であるため、dSn/dx=dS'n/dxである。
これを式(1.88)と比較すると、
2(dRn /dx)(dSn/dx)/Rn+d2Sn /dx2=0 (1.89)
が成り立つ。(各固有関数のエネルギー固有値は実数)
続いて、運動量を求めると、式(1.90)のようになる。
(1.90)
となる。続いて、量子ポテンシャルQを求めるが、これには前節の式(1.78)を利用することができる。
Q=−(1/2m)[(∂2ΨRE/∂x2・ΨRE+∂2ΨIM/∂x2・ΨIM)/R2+{(∂ΨRE/∂x)ΨIM−(∂ΨIM/∂x)ΨRE}2/R4] 再掲載(1.78)
ただし、
ΨRE=ΣAnRncos(-Ent+Sn) (1.91)
ΨIM=ΣAnRnsin(-Ent+Sn) (1.92)
とする。
こうして求めた量子ポテンシャルが本当に、式(1.7) ∂S/∂t+(∇S)2/2m+V+Q =0を満たすか、実際に計算して求めてみる。
まず、∂2ΨRE/∂x2・ΨRE+∂2ΨIM/∂x2・ΨIM を求めると、
∂2ΨRE/∂x2・ΨRE+∂2ΨIM/∂x2・ΨIM=ΣΣAnAmRmRn{(d2Rn
/dx2)Rn−(dSn/dx)2}cos{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}
−ΣΣAnAmRmRn{2(dRn
/dx)(dSn/dx)/Rn+d2Sn
/dx2}sin{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}
であるが、式(1.89)より第2項は0となり、
∂2ΨRE/∂x2・ΨRE+∂2ΨIM/∂x2・ΨIM=ΣΣAnAmRmRn{(d2Rn /dx2)Rn−(dSn/dx)2}cos{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}
である。さらに、式(1.88)及び式(1.87)より、
∂2ΨRE/∂x2・ΨRE+∂2ΨIM/∂x2・ΨIM=−2mΣΣAnAmRmRn(En-V)cos{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}=−2mER2+2mVR2 (1.93)
となる。なお、R2=ΨRE2+ΨIM2=ΣΣAnAmRmRncos{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}であり、式(1.87)の分母はR2に等しい。
続いて、(∂ΨRE/∂x)ΨIM−(∂ΨIM/∂x)ΨRE を求めると、
(∂ΨRE/∂x)ΨIM−(∂ΨIM/∂x)ΨRE=ΣΣAnAm(dRn
/dx)Rmsin{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}
+ΣΣAnAmRmRn(dSn/dx)cos{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}
であるが、式(1.90)より、
(∂ΨRE/∂x)ΨIM−(∂ΨIM/∂x)ΨRE=PR2 (1.94)
となる。なお、R2=ΨRE2+ΨIM2=ΣΣAnAmRmRncos{(-(En-Em)t+Sn-Sm)}であり、式(1.90)の分母もR2に等しい。
よって、式(1.93)及び式(1.94)を式(1.78)に代入すると、
Q=−(1/2m)[(∂2ΨRE/∂x2・ΨRE+∂2ΨIM/∂x2・ΨIM)/R2+{(∂ΨRE/∂x)ΨIM−(∂ΨIM/∂x)ΨRE}2/R4]
=−(1/2m)(−2mER2+2mVR2 )/R2−(1/2m)(PR2)2/R4=E−V− P2/2m=E−V− (∇S)2/2m
となり、式を整理すると、
E=−∂S/∂t =V+Q+(∇S)2/2m
であり、式(1.7) ∂S/∂t +(∇S)2/2m+V+Q =0 が成り立っていることがわかる。
上記の内容を要約すると、
波動関数が複素数の固有関数による非定常状態
@ エネルギーは、時間に依存し変化する。
A ∇S≠0より、粒子は運動している。
B エネルギーは、粒子のある位置の量子ポテンシャルと古典的なポテンシャルと粒子の運動エネルギーである。
C @の時間に依存するエネルギーの変化は、運動する粒子のエネルギーの変化により生じる。
であり、実数の固有関数の場合と同様の結論になる。
1.8.3 非定常状態のシミュレーション
非定常状態のシミュレーションを行ってみるが、その際にはモデルをどのように選択するかが重要となる。
Ψ(r,t)=Σanφnexp(-iEnt) (1.60)
式(1.60)は、t=0における全てのanを決定すれば、その後の任意の時間におけるΨ(r,t)はが決定されることを示している。しかし、初期状態
Ψ(r,0)=Σanφn (1.95)
というのは、φnが完全直交関数系を形成するため、ほとんどあらゆる関数を表記することが可能であると考えられる。このことは、t=0の初期状態として任意の関数を選択できることを意味しているが、現実的に有り得ないような初期状態を設定し、時間的な発展を計算しても、あまり意味が無いであろう。
そこでまずは、初期状態がガウス波束である場合についてシミュレーションを行ってみる。ガウス波束は、粒子をある程度局所的な位置に観測した直後の波動関数を表していると考えることができ、その後、例えば1次元箱型ポテンシャルや調和振動のポテンシャルに束縛される場合の波動関数を計算することが可能であり、ボーム力学ではそこから粒子の軌跡(ただし、唯一の軌跡ではない)やそのエネルギーといったものも計算することができる。
1.8.4 ガウス波束と1次元箱型ポテンシャルのシミュレーション
初期状態がΨ(x,0)=(πx)-1/4exp{-x2/(2x)}というガウス波束であり、その後に非定常状態が-a≦x≦aの範囲に粒子が束縛された1次元箱型ポテンシャルについてシミュレーションを行ってみる。つまり、時間t=0でx=0に精度xで粒子を粒子を観測し、その後の時間発展をシミュレーションするというものである。
まず、1次元箱型ポテンシャルの定常状態φn(x)は、
(1.96)
である。また、φn(x)が完全直交関数系を張ることから、Ψ(x,0)=ΣAnφn としAnを求めると、
(1.97)
である。なお、それぞれの状態のエネルギー準位は、よく知られているように
En=M/2・{nπ/(2a)}2 (M:粒子の質量) (1.98)
である。
Ψ(x,0)=ΣAnφn は無限和であるがシミュレーションはこれを有限和で近似して行うため、Anの大きさを見積もる。
Am/A1=exp{-π2x2(m2-1)/(2a2)}
より、m2-1≧2a2/(πx)2であれば、Am≈0と考えらる。また、m大きな場合ついてはm2-1≈m2とすることができるので、
m≧1.414a/(πx)
であれば、m+1以降のAmを0とみなすことができる。
a=0.5,x=0.05とすれば、
m≧1.414×10/3.14≒4.5
であるから、m=5以降の項は0と考えても差し支えない。ただし、実際のシミュレーションには、m=50までの項を用いた。(ここまで、求めておけば無限和を求めた場合と大差無いであろう。)
さて、これらを式(1.63)に代入し、粒子の確率密度の時間を変化を計算するためには、位相θnを定めなければならないが、まずこれを全て0であるとしてシミュレーションしてみると図1.8.1〜図1.8.3のようになる。なお、粒子の質量はM=1とした。
概ね、周期0.16で確率分布の変化が振動していることがわかる。
このことは、式(1.69)により運動量を求め、粒子の軌道をグラフにしてみるとより明瞭になる。図1.8.4は、初期値をx=0.05として、粒子の軌道をプロットしたものである。これによると、概ね周期は0.154である。同様に様々な初期値について、粒子の軌道をプロットすると図1.8.5のようになる。
続いて、図1.8.6〜図1.8.8は式(1.87)により、エネルギー分布を求めその時間変化をプロットしたものである。これによると、t=0.00,t=0.08,t=0.16でエネルギー分布の変化が非常に大きくなることがわかる。なお、エネルギー平均は時間に依存せず常に一定であるが、25.0であった。
変化が急激な部分について、もう少し時間を短くし詳細にプロットすると、図1.8.9〜図1.8.12のようになる。なお、周期性から考えてt=0.00とt=0.16は同様な変化になると思われる。これらのエネルギー変化は、時間とエネルギーについての不確定性原理によるものであるから、エネルギー平均からの変位が大きいほど変化が速くなるのは当然である。t=0.00,t=0.08,t=0.16でエネルギー分布の変化が非常大きくなるのは、このことの表れと考えることができる。
このシミュレーションは次節に続く。
アマチュアリズムの量子力学