量子力学の基礎概念


11.観測過程の理論5 

11.1 理想的な測定理論

 量子力学的な観測過程について、第7節で数学的な取扱いを紹介し、第8節から前節ではオリジナルな『運動量の観測モデル』への具体的な適用を取り扱ったが、本節では理想的な測定器を用いたモデルを紹介する。このモデルは、第7節の数学的な理論と同様にフォン・ノイマンによって提唱さており、測定器という具体的な系をある程度の抽象性を保って取り扱えるという点で非常に優れている。なお、本節では測定器ということを強調する意味で「観測」ではなく、「測定理論」という術語を用いることとする。(「measuremente theory in quantum mechanics」は「量子力学の観測理論」または「量子力学の測定理論」のいずれにも和訳できる。)

 まず、量子系に対する理想的な測定器は、(1)測定対象となる系(以下「対象系S」という)と直接相互作用する部分(探針)と、(2)相互作用により相関させた結果を目に見える目盛に表す部分(指示計器)から構成される。(1)は量子系と相互作用するのだから量子系または波束のような準量子系でなければならず(以下、「測定系A」という)、(2)は実際に目に見える形で表されるのだから古典系である。

 この測定器の構造に対応して、測定は次のような2つの段階に分けられる。なお、第7節と対比すると、(1)はシュレディンガー方程式による時間発展の段階で、(2)は相互作用の連鎖により波束の収縮を生じさせる段階に対応する。

(1) 対象系Sの波動関数が測定系Aと相互作用するようになり、結合系として相互作用ハミルトニアンHI により時間発展する段階
    (これにより、対象系Sの測定対象となる物理量が、測定系Aの物理量と相関し、測定対象となる物理量の固有関数の重ね合
     わせの状態に発展する。重ね合わせの状態であるため、測定結果は確定しない。

(2) 測定系Aの物理量に相関された結果を記録し、かつ目に見えるよう拡大する段階
    (これにより、測定結果が確定し指示計器にに示される。なお、(1)と(2)の切れ目を明確にすることはできないが、
     この段階では多数の粒子(1023個)を含んだ系と量子系が相互作用し、波束の収縮が生じる。)

 

 さて、ここでも対象系SψS(x,t)、観測対象となるオブザーバブルを演算子Mで表し、位置演算子と運動量演算子の関数であるものとする。つまり、MM(X,P)であり、このMは位置や運動量、角運動量などの1成分(位置のX方向、運動量のY方向、エネルギーなど)のオブザーバブルを表している。

 そして、測定器(測定系A)をψA(y)という波束で表し、y=(y0,t)は一次元座標で連続的に変化する探針の振れを表す。なお、探針の振れはそのまま指示計器の検針に対応するので、指示計器の振れを表すと考えてもよい。また、第7節と同様に、ここでも対象系Sと測定系Aを相互作用させるが、この相互作用も衝撃的相互作用とする。つまり、相互作用の間は、対象系Sと測定系Aが個別に有するハミルトニアンは無視することができる。

 次に、この対象系Sと測定系Aの相互作用のハミルトニアンHI を、

                  HIgMPy                                                                                (11.1) 

とする。ここで、gは実数の定数で、Py  は測定系Aの運動量であり、これにより測定対象のオブザーバブルMと指示計器の検針の運動量を相関させる。また、交換関係{M ,HI }=0 が成り立つため、相互作用の間測定対象のオブザーバブルMは変化しないことが、ハイゼンベルクの運動方程式からいえる。

 それでは、いよいよこの相互作用ハミルトニアンHI を対象系Sと測定系Aの結合系ψ(x,y,t)に適用してみる。まず、t=0では相互作用が無いものとし初期条件を、

                   ψ(x,y,0)=ψS(x,0)ψA(y)                        (11.2)

とする。そして、第7節と同様に、オブザーバブルMは、固有値m、固有関数vm(x)であり、vm(x)は規格化された直交関数系とする。(なお、縮退は無いものとする)つまり、

                           Mvm(x)=mvm(x)                                        (11.3)

であり、

                   ψS(x,0)=ΣCmvm(x)    (Cmは複素定数)      (11.4)

となる。従って、t=0から相互作用が開始される(測定が開始する)とすると、ψ(x,y,t)は、

              ψ(x,y,t)=exp(-itHI /ћ)ψ(x,y,0)=exp(-itgMP /ћ)ψS(x,0)ψA(y)
                 =ΣCmexp(-itgMP /ћ)vm(x)ψA(y)
                 =ΣCmvm(x)exp(-itgmP /ћ)ψA(y)       (11.5)

である。ここで、ψA(y)をフーリエー変換で表すと、

                  ψA(y) (2π)-1/2dk f(k)exp(-iky)                (11.6)

であり、これを式(11.5)に代入すれば、

                 ψ(x,y,t)=(2π)-1/2ΣCmvm(x)dk f(k)exp(-itgmP /ћ)exp(-iky)
                         =(2π)-1/2ΣCmvm(x)dk f(k)exp(itgmk)exp(-iky)     (11.7)

さらに、式(11.6)の逆フーリエー変換を施すと、

                 ψ(x,y,t)=(2π)-1ΣCmvm(x)dkdz  ψA(z)exp(itgmk)exp(ikz-iky)
                                                       =(2π)-1ΣCmvm(x)dkdz  ψA(z)exp{i(tgm+z-y)k}
                                                       ΣCmvm(x)dz  ψA(z)δ(tgm+z-y)ΣCmvm(x)ψA(y-tgm)

              ∴ ψ(x,y,t)=ΣCmvm(x)ψA(y-tgm)          (11.8)

となる。従って、相互作用の時間をTとすれば、測定が終了した直後の結合系の波動関数は、

               ψ(x,y,T)=ΣCmvm(x)ψA(y-Tgm)              (11.9)

である。

 式(11.8)及び(11.9)は、量子系一般に成り立つ関係であるが、ψA(y)を準量子的な波束とみなすと式(11.8)は、相互作用の間に波束の中心が、

               ymtgm + y0    (0tT)                 (11.10)

により、測定対象の物理量mの大きさに応じて運動することを意味する。つまり、このymの変位の違いにより物理量mの大きさを識別することがこの測定器の原理である。従って、mが離散的な固有値で、隣り合う固有値との間隔がδmであるとすると、これに対応する波束の間隔は、δymTgδm であることから、波束がオーバーラップせず有効な測定が行われるためには、波束ψA(y)の広がりをとすると

               凉 << δymTgδm                                    (11.11)

という条件を満たす必要がある。(この条件が満たされていない場合は、不完全な測定である。)

 さて、式(11.11)が満たされていることを前提とすると、ψA(y-Tgm)はオーバラップしないため(vm(x)がオーバーラップしていても)vm(x)ψA(y-Tgm)にオーバラップせず、ψ(x,y,T)ψ*(x,y,T)には干渉項が生じない。しかし、式(11.9)は未だ重ね合わせの状態であり、古典的な指示計器の検針として表すことはできず、やはり波束の収縮が生じる必要がある。(なお、軌跡解釈では、ψA(y)に随伴する粒子がどの波束ψA(y-Tgm)に包含されるかによって、式(11.9)の加算項のどれかが現出するため(包含されない波束から粒子は影響を受けない)、波束の収縮仮説を持ち出さずに同様の説明が可能になる)これが生じるのが、冒頭に述べた測定の第2段階であり、準量子的な探針から古典的な検針に変位が伝わる過程のどこかで波束の収縮

            ψ(x,y,T)=ΣCmvm(x)ψA(y-Tgm)⇒ Cfvf(x)ψA(y-Tgf)    (11.12)

が起こり、指示計器の検針は

                         yfTgf + y0                                                    (11.13)

という、確定した値を示すことができる。

 

11.2 ボルンの確率規則との整合

 ボルンの確率規則とは、「状態ψSについて、オブザーバブルMの誤差の無い測定を行ったとき、(1)測定値は固有値mのどれかに限られ、(2)測定値が固有値fのとなる確率は、Cf*Cfである。」である。理想的な測定理論が、これに整合することを簡単に示すことができる。

 まず、誤差の無い測定ということから、ψA(y)δ(y)と置き換えることとする。(なお、ψA(y-Tgf)がオーバラップしないためこのままでも確率規則(2)は同様の結果を導くことができるが、波束の広がりがあるためyTgf には誤差が生じる )

すると、式(11.9)は、

                  ψ(x,y,T)=ΣCmvm(x)δ(y-Tgm)         (11.14)

となる。そして、波束の収縮により式(11.14)は、

                  ΣCmvm(x)δ(y-Tgm) ⇒ Cfvf(x)δ(y-Tgf)

という遷移を起こす。この時の理想的な測定器の検針が示す値yはδ関数δ(y-Tgf)により、正確にyTgfであり( yは0とする)、測定値が固有値mどれかであることは明白である。続いて、この遷移が起こる確率は、

         (ΣCmvm(x)δ(y-Tgm)Cfvf(x)δ(y-Tgf))=Σ∫∫dxdy C*mv*m(x)δ(y-Tgm)Cfvf(x)δ(y-Tgf)

                 dy C*fδ(y-Tgf)Cfδ(y-Tgf)C*fCf

であり、確率規則(2)も成り立つ。

 なお、MXとすると、Xは連続固有値x'を有し固有関数はδ(x-x')で、ψS(x)=dx'ψS(x')δ(x-x')と展開されるため、式(11.14)は、

                 ψ(x,y,T)=dx'ψS(x')δ(x-x')δ(y-Tgx')

となる。そして、波束の収縮によって

                 dx'ψS(x')δ(x-x')δ(y-Tgx') ⇒ ψS(f)δ(x-f)δ(y-Tgf)

という遷移を起こし、その遷移確率は、

                dydx'dxψ*S(x')δ(x-x')δ(y-Tgx')ψS(f)δ(x-f)δ(y-Tgf)
                                                    dydxψ*S(x)δ(y-Tgx)ψS(f)δ(x-f)δ(y-Tgf)
                             =dyψ*S(f)δ(y-Tgf)ψS(f)δ(y-Tgf)
                                                    ψ*S(f)ψS(f)

となり、「xfでの確率密度はψ*S(f)ψS(f)である」(位置についてのボルンの確率規則)というよく知られた計算規則と一致することがわかる。

 次節では、この理想的な測定器を運動量の測定及び位置と運動量の同時測定に適用してみることとする。

 

 

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