摂動展開の物理的意味について
量子力学における摂動展開は、近似計算として教えられるものであるが、この物理的意味について考察すると非常に不思議な近似計算であることがわかる。まず、簡単に摂動展開を導くところから話を進めることとする。
まず、ハミルトニアンH0
があり、その固有関数φkと固有値εkがわかっており、φkは完全規格直交関数系であるとする。H0φk=εkφk (1.1)
初期状態として、系はφp状態にあるものとし、時刻t1に摂動ポテンシャルV(r)が生じるものとする。すると、系のハミルトニアンは、H=H0+Vとなり、状態もΨ(r,t)に変化し、これは次のシュレディンガー方程式に従う。
i∂Ψ(r,t)/∂t =(H0+V )Ψ(r,t) (1.2)
そして、φkの完全性によりΨ(r,t)は、
(1.3)
と表すことができる。これを、(1.2)に代入すると
(1.4)
となり、(1.1)から左辺第2項と右辺第1項が消去され、
(1.5)
となる。
ここで、(1.5)の両辺に対し、φp(r)との内積(φp(r)との積をとり、体積分 ∫d3rを求める)と、φp(r)が規格直交関数であることから
(1.6)
が成り立ち、
(1.7)
(1.8)
となる。
摂動展開は、通常はこのように導かれる。なお、ここまでは近似計算ではなく、(1.7)は厳密解である。
さて、初期条件として、時間t<t1間は無摂動であり、cn(t)=δn,sであるとする。つまり、t<t1における系の状態がφsということである。そして、時間t=t1に摂動ポテンシャルV(r)が生じるものとし、その後の時間t2(t2>t1)における系の状態について考察する。
ここで、摂動ポテンシャルを次のような、V'(r,t)に変更する。
V'(r,t)=V(r)δ(t - t(1)) (t2 > t(1) > t1)
つまり、時間t1とt2の間にあるt(1)でのみ、摂動ポテンシャルがV(r)作用することになる。この場合、(1.7)は簡単に積分することができ、
(1.9)
となる。さて、摂動ポテンシャルは時間t1とt2の間にあるt(1)という瞬間のみ働いたのであるから、これは摂動ポテンシャルにより1回だけ散乱を受けたことに相当する。そして、t1(1) は t1とt2の間のある時間であるから、これらを重ね合わせることにより、1回だけ散乱を受ける場合の振幅cP(1)(t2)が、次にように求まる。
(1.10)
続いて、今度は摂動ポテンシャルにより2回散乱を受ける場合について、求めてみる。この場合、次のような摂動ポテンシャルによる摂動が続けて起こるものとして求めればよい。
V'(r,t)=V(r)δ(t - t(2)) (t3> t(2) > t2) (1.11)
つまり、初期条件として、時刻t2において各成分の振幅は(1.10)のようになっており、この状態から(1.11)のような摂動ポテンシャルが発生した場合に、t3におけるcpを求めるのである。再び(1.7)を用いて、
(1.12)
となる。さて、ここで再びt(2)について(1.9)のように重ね合わせととるのだが、同時にt2についても重ね合わせをとる必要があるため、いわゆる畳み込み積分となり、積分範囲はt1からt3とする必要がある。よって、t1とt3の間で2回散乱を受ける場合の確率振幅cp(2)(t3)は、
(1.13)
となる。
さて、こうなると3回散乱を受ける場合、4回散乱を受ける場合・・・・と順次計算することで何回も求めることができるのがわかる。表現を簡単にするため、
(1.14)
と表わすと、
(1.15)
となる。(時間は,初期状態をtA,終状態をtBとした。)
ここで、散乱回数については0回(状態が変化しない、δp,s)から1回、2回、3回・・・か無限回まであることが考えられるため、すべての重ね合わせを取ることとする。そうすると、初期状態がφsであった場合のcP(t)は、
cP(t)=δp,s+cp(1)(t)+cp(2)(t)+cp(3)(t)+cp(4)(t)+cp(5)(t)+cp(2)(t)+・・・・・・・・・ (1.16)
となる。さて、この(1.16)は通常の摂動展開と同じものであり、n次の摂動cp(n)(t)との関係は、
(1.17)
である。
このことから、逆にいえば、摂動展開とは、無摂動な状態に作用する摂動ポテンシャルを、作用する回数によって分解するものであり、摂動展開による近似とは、摂動ポテンシャルが無摂動状態に作用する回数を有限回として近似するものであるということがいえる。
本来、定常な摂動ポテンシャルは常に無摂動な状態に影響を及ぼすのであり、影響を及ぼす回数を考えるというのは非常に奇妙である。古典物理でのアナロジーなら、「重力が物体を何回引っ張って落下したのか」というようなことを考えているようなものである。これを単なる数学的なトリックとみなせばそうかも知れないが、我々は多くの近似計算において、この奇妙な考えを利用しているのである。
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